FUJIMI HERMITAGE DIARY

photo:kisya

古い小さなスキー場

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目が覚めると同時に、昨夜、流しの蛇口を締め切ったまま寝入ったのを思い出

した。小屋の中がは冷えきっている。あわてて飛び起きて台所にいって蛇口をひ

ねってみるがうんともすんともいわない。水道管が凍り付いたというわけだ。

昨日は4月の中旬の陽気だったというのに。窓の外の寒暖計を見るとマイナス

11度。昨日の夜は音楽を聞きながらお酒を飲んでいてそのまま朦朧郷に入って

しまった

ストーブのヤカンの湯を蛇口にかけてみるとすぐに緩み始めたが、水はでて

こない。外に出ている管が凍っているらしい。石油ストーブと電気ストーブを持

ち出して管の周りに置いて様子をみる。30分ほどすると蛇口からちょろちょろ水

が流れ出し、すぐに冷たい水がどーっとやってきた。幸い、水道管は破裂しては

いなかったようだ。。

冬、山小屋の水廻りのケアは大変だ。真冬だと毎朝マイナス15度くらいになるし

、ひょとするとマイナス20度くらいになっている日もあるかもしれない。

給湯器などは使えない。水抜きする間に凍ってしまったりするからだ。それで台

所とトイレだけに水がでるようにしてある。水道管の凍結との戦いはいろいろあ

って、ノウハウもさまざまだから、これを説明しだすときりがない。いずれにし

ても、このことは頭を悩ませることでもあるが、要領よく先手をうって快適な水道

環境を維持するのは面白いことでもある。

 

富士山の御殿場口にでもいってスキーをしようと、クロをのせ車を走らせるが、

風が強く、山も雲が多いように見えたので、Uターンして戻る。裏山のスキーツ

アーに方針転換。

小屋からスキーをつけて裏の山へと向かう。シールをつけてもつけなくても登れ

そうな杉林のなかのゆるい山道を小1時間も登る。クロがうれしそうについてく

る。標高差で200メートルほど登ると、1200メートルの展望台にでる。箱根の山

が見え、その下に沼津の海がみえるはずだが、今日は海まではわからない。振り替え

れば山中湖が半分ほど凍らせた湖面を白く光らせている。正面には大きく富士

山。展望台といわれるだけあって結構な眺めだ。

日当りがよく雪は少ない。それでも昼前の日差しで柔らかくなったスロープを大

切に滑る。夏にはフジアザアミが咲いていた裸の砂地だ。富士山を眺めながら大き

く弧を描くのは気持ちがいい。大雪のあとならパウダースキーが楽しめるのではと

も思うが、傾斜がないので思うようには滑らないかもしれない。

話しに聞いていた古い峠のスキー場のほうへと下ってみる。北斜面へ降りてい

く。雪が多くなって、たしかにスキー場らしい切り開きがでてくる。クロは大喜

びで追いかけてくる。何年も手入れをしていないので夏はヤブで大変だろうが、

今は雪で覆いかぶされていてそれなりに快適だ。当時、近所にあるこのスキー

場は、傾斜こそ緩いが、地元の子供たちが楽しむには十分なものであったろう。

湖畔の村からスキーをかついで登ってきて,スキー場で遊び、また村まで雪の

道を滑り下っていく、そんな光景があったのだろう。

大きな松がポツンとでてきて、これはその頃もあったものにちがいない。

昭和30年代はにぎやかだったという。そのころ峠には茶屋があって、スキー客が

やってくる休日にはそこがゲレンデ食堂に早変わりしてうどんなどを出していたとい

う。そこからスキーをかついでこの一本松まで登ってきては滑って下っていたの

だ。元気なひとは、さきほど僕が滑った見晴らし台までもやってきたことだろう。

リフトのない時代ののんびりしたスキーである。

当時は雪が多かったという。リフトもないスキー場がにぎやかだったのは雪もよ

かったのだろう。このあたりは戦前からスキー場として知られたところがいくつ

かある。今は巨大ホテルがたつ大出山もそうだし、峠から少し下ったところにはリフ

トのかかるスキー場もあったという。近所の老舗のゴルフ場はその昔やはりスキ

ー場だったという。当時は寒さも厳しく山中湖は毎年全面結氷してワカサギの穴

釣が人気を呼んでいたのだ。

この古いスキー場がスキーヤーを迎えるのは今日が何年か振り、ということにな

るのかもしれない。遠くに、以前滑ったことのある鉄砲頭山が見えた。さすがに3

月の声をきくと、雪の量は少ないようだ。スキーの赴くまま滑っていくと国道が

走る峠にでた。古い峠の茶屋の名残があった。

クロが国道に飛び出すのが心配なので声をかけて、滑って降りたルートをそのまま戻

る。シールをつけずに戻ることができた。日が照ってきて汗ばむほどだ。

展望台にもどると相変わらず富士山には雲が流れている。往路とは異なる下り道

があって、前の秋に下見をしていたので、それをたどる。古い道のようだ。地元

のひとしか使わない忘れられた裏山の道にちがいない。村の子供たちは、あるいは

この道を利用してスキー場へ行ったのかもしれないな、とふと思う。

植林された杉林のなか、標高をみて小屋の方へとトラバースする。ちょうど別荘が

点在する一画にでて、そんな他所の家の庭先ををかすめるようにジグザグして滑り、

ひょいと山小屋の前に飛び出した。

3時間ほどの小ツアーだった。

山小屋の庭からスキーをつけて登りだして、展望台に達して、周遊して小屋に滑

り込む、という車不要の自足のルートがとても気にいった。こんど友達を案

内してやろう。自分のものでもないのに、富士山が見えると、ほらフジサンと、誇

らしげに指差すのは、僕だけの個性だろうか。

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