FUJIMI HERMITAGE DIARY

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マキ作り

疲れるけど面白い


秋風が吹いてきて、朝晩はびっくりするほど冷え込むようになった。
マキの心配をしなければならない。
ストーブはこのあたりでは冬だけのものではなく、9月の中旬から5月の連休まで役
立ってくれる。半年どころではなく8ヵ月もの間活躍してくれるのである。北海道の
知り合いが、俺のところと同じだよ、それは。と言っていたが、えぞ地でもここら辺
りでもそのような陽気が100万年も続いているのだから、最近やってきた住人とし
てはそれを宿命として甘受しなければならないだろう。どこの住人であろうと、地球
の事情に合わせた暮らしをしなければならないというわけだ。

マキストーブでやりくりしているから、当然マキが必要になってくる。
マキがたくさん用意されて小屋のまわりに整然と積まれているのをみると、自分の小
屋はもちろん、よその家であっても気持ちがよいし、なんだか豊かに気持ちになれる。
同時にその風景は、また寒い季節がやってくるのだな、と心をひきしめてくれる景色
でもある。そんなわけで秋はマキの心配をしなければならない。

マキは製材所に頼んで持ってきてもらう。4トントラックで雑木の丸太を運んでもら
いクレーンで庭先の落としてもらうのだ。
森林業に従事する家はこのあたりに多く、あちこちなんだかんだと世話になることが
多い。そして、安くてよいマキを持ってきてくれるところとのつきあいが続くように
なる。
以前、そのままストーブに使えるマキ束を買ったこともあったが、割高なところが多
く、不経済だった。自分でマキを作ろうと思ったこともあったが、どこかの森に入っ
て伐採して引き出すなどということもできず、第一、所有者のない森などあるわけも
なく、結局、トラック一杯いくら、という条件で3、4メートルの丸太を何十本と買
うことにしたのである。

ブナやナラ、サクラなどの広葉樹の堅木が、マキに向いているのは承知だが、もって
きてくれるのは、ハンノキなどの雑木が多い。ハンノキはよく燃えるけれども火持ち
はよくない。ブナやナラが燃えると、素晴らしい香りが漂い、それだけで幸せな気持
ちになってしまう。サクラからは甘い匂いが溢れ出てきてこれまたうっとりとしてし
まう。だから業者にはできるだけ堅い広葉樹を、と注文をつけるのである。

ストーブに入れるマキとしては針葉樹は不向きといわれている。ヤニが多くタールも
多いからだという。パッと燃えて火力も強そうなのだが長続きはしない。ストーブや
煙突にも害があるのだそうだ。とはいえ、あまりそんなことにもこだわっていられな
い。なにせ8ヵ月燃やし続けなければならないのだから、ストーブ番としてはなによ
りも量が欲しいのだ。焚き付けと称して、やはりトラック一杯の間伐材を運んでもら
う。スギの類いからも燃焼時には特有の香りが漂って、それはそれで悪くない。スギ
の葉を燃やすとぱちぱちとそれは凄い勢いで燃え上がるのだが、抹香くさい香りがし
て悪くはないものである。料理用ストーブを使っているコロラドロッキーの丸太小屋
に泊まったことが何度かある。料理ストーブ用のマキは火力調整がかんたんにできる
ように、針葉を細かく割ったマキがつかわれていた。ダグラスファー、スプール、パ
イン、そのあたりではその3種類の木しかないのだから広葉樹がいい、などという選
択の余地もないのである。

そんなわけで、10月のある日、トラック1台分の広葉樹ともう1台分の針葉樹の丸
太が庭先に積まれることになる。
これを、切って、割ってストーブに入る寸法にしなければならない。この仕事がこの
月のメインイベントとなる。
丸太を大量に切るとなるとどうしてもチェンソーが必要だ。チェンソーには昔から憧
れがあってそれを手にいれたときは枕元に置いて就寝するほどうれしかった。それを
ジェイソン現象というのだと友だちが教えてくれた。
チェンソーの思いでや自慢話しを書いても仕方がない。いくらかでも役にたつように、
以下、若干チェンソーについての指南のようなものを、偉そうに記す。

危険な道具でもあるので、気をひきしめて使わなければならない。丸のこなどの電動
具も同じだが、下駄ばきくわえたばこで扱うようなしろものではないのである。そう
いえば草刈りマシンも同様である。
この50ccの単気筒エンジンをもったマシンを扱うさいは、地下足袋、脚絆、なけれ
ば、ブーツにズボンの裾をおさめ、長そでのダンガリーシャツを着込み、サングラス
をして、衣ずまいを正しくする。さらにヘルメットもあるとよいだろう。軍手は使わ
ない。滑りやすいから危険なのだ。用いるのなら革手袋がよい。
作業衣を整えたら、切断作業にはいる。チェンソーの操縦技術は奥がふかく、丸太小
屋作りの伝統が長い北米大陸には巨大な木彫を一刀彫りのごとくチェンソーで仕上げ
る名人などもたくさんいると聞く。そういえばトーテムポールやクマ像など、オレゴ
ンやワシントンの街道沿いでよく見かけたものである。

丸太の切断は、木彫りのクマを作るのと違って、なれればどうということもない。上
から下へ切り落とせばよい。が、何本も積み重ねられた状態の丸太の山を片っ端から
40センチの木切れにしていく過程では、上から下へと切り落とせないものも出てく
るのである。下から上へ切り上げたり、斜に切り降ろしたり、短くて転がりやすくなっ
た丸太を切らなければならないこともある。
やっかいな作業はあとまわしにして、切りやすいものから切っていくのがよい。じょ
じょに扱いのコツとわざが身についていくことであろう。ここではそのウンチクうま
く語ることはできません。
ひとつ。チェンソーで重要なのは切れ味。切れないチェンソーは百害あって一利なし、
常に棒状の丸やすり(ハシのような大きさと形のものです)をつねに持っていて、休
憩の度ごとにそれでサメの歯のようにいくつも並んでいるチェンソーの核心部を研ぐ
ことです。
すべての丸太が40センチ長の丸太に切って落とされると、庭先の丸太の山は2倍の
大きさの大山となっている。1日では終わらない作業。手はしびれ、腕は震え、耳の
中ではいつまでもエンジンの音が鳴り止まない。中1日か2日の休養が、次のマキ割
りの仕事にかかる前に必要とされるのだ。

さて、マキ割り。これもまた疲れるうえに奥が深い仕事である。楽しいと思えるよう
になればマキ割り者としては一人前といえるかもしれない。
斧で根気よく割っていくしかない。
油圧を使ったマキ割りマシンも売られているのだが、高価な上に場所をとり、あまり
一般的ではない。簡易マキ割りきというのがあって、それは最近入手したもので森の
王国北欧からやってきた。写真で紹介しましょう。これは意外と役にたつ。節のある
手強い丸太などは斧ではとても割ることはできないのだが、これは、おなじ切り口を
何度も丈夫な歯が集中攻撃するので、さしもの根性悪の丸太も降参するのである。耐
久性については試用期間中なのでまだ分かりません。

とにかく、先程述べたように、マシンと名のつくものに頼らないで、斧、そうオノ、
このオノでひとつひとつスパーンとていねいに割っていくのがマキ割りの基本である。
マキ割りにのめり込むと、これは一種のスポーツであることに気がつくかもしれない。
ぼくはそうだ。面白い。経験と修行がマキ割り技術を向上させていくのである。割る
ほどにマキ割りがうまくなる。おもえば子供のころ、風呂を炊くマキを作るのに、兄
と競い合ってマキ割りをしたものだ。斧は日本式のヨキと呼ばれるものであったなあ。

マキ割りにくたびれたら、そこでおしまいにするのがよいだろう。すべての丸太をマ
キ状態にしておかなければならない法はない。
マキがなくなって、必要になったとき、また丸太を取り出して割ればよいのである。
楽しみは長くとっておきたいもの。
作ったマキや、いずれ割られることを待っている丸太たちは、雨にあたらない場所に
きれいに積んでおく。簡易なマキ小屋を作ってそこにおさめておくのがよいに決まっ
ている。
ぼくは第1マキ小屋から第4マキ小屋まで大小4つの小屋を自作して持っていて、そ
れが自慢のひとつである。
いやはや、またしても自慢話で終わってしまった…。







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