LONG INTERVIEW

takibi

インタビュー
焚き火に科学と哲学あり

焚き火家 糸尾汽車に聞く
聞き手 花屋敷薫子

#好評にこたえて前半追加しました。


   糸尾汽車さんの山小屋のリビングでしばらく待っていると,黒い犬が入ってきた。
   丸太小屋と犬、ぴったりの雰囲気、犬のあとからすぐに汽車さんが現れた。

やあ,いらっしゃい。焚き火の匂いとかするでしょう。今,庭先で枯れ木や落ち葉を
燃やしていたんです。

-焚き火の匂いは好きです。田舎とか山小屋をおもいだします。

煙が衣服にしみついてすごい匂いがするんですよ。アジアの田舎の人の匂いっていう
感じかな。焚き火するときはそれなりの焚き火ウエアを着ていないとだめなんです。
とくに僕はがんがんと燃やすタイプではないんで、枯れた小枝や草刈りした葉っぱな
んかを燃やすのに情熱をかけるんで煙がすごいんです。

-はあ、そうなんですか。焚き火ウエアというようなものがあるんですか。

ええまあ。夏ならティーシャツに短パンでもいいんですが、寒くなってきたら、コッ
トンのフランネルの長袖シャツとジーパンなんかがよいと思います。フリースとか化
繊ものはだめですね。火の粉が飛ぶからすぐに穴があいてしまいます。軍手は必需品
ですね。キャップもほしいです。
それからこのくらいの,木刀くらいの枝切れが必要です。これひとつで焚き火のコン
トロールをするのです。隠しアイテムとしては,あとウチワですね。


   汽車さんは後ろを向いてお知りのポケットに差してある柿渋で仕上げられた赤いウチ
   ワを見せてくれる。祭りという漢字が一字大きく書かれている。

_渋いですね。それと桃太郎印の大型マッチ箱なんかが似合いそうですね。でもこの
アメリカンカントリー風の丸太小屋とはちょとミスマッチみたいですが。

ぼくはこてこての日本人ですから,日本のものも好きなんですよ。焚き火ウエアとい
えばいちばんいいのは、今の季節ならハンテンとかハッピがいいんじゃないのかな。
ゴム長靴とあわせて。そうすると帽子ではなくて手ぬぐいの頬かむりがいいかもしれ
ません。村の消防団はかならずハッピきてますね。昔からの火消しのユニフォームで
す。焚き火の話とはあんまり関係ないかな。
カントリーな山小屋暮らししていますが、生活は和風です。朝は納豆ごはんと味噌汁
ですし、夜は小鍋と日本酒というような食生活です。

_今日は焚き火のお話をお聞きするつもりできたのですが、いきなり焚き火談義に
入っていただいて助かります。

いえいえどういたしまして。そうだ、それなら焚き火しながらお話するのがよいので
はないでしょうか。ちょうど庭の南側で最新の焚き火が煙をだしていますから。そこ
で。いま魚でも持ってきますのでそれでも焼きながらというのはいかがですか。飲み
物も用意しましょう。

   庭先にでるといままさに煙をあげている焚き火がある。風がひとふきして,ボッと火
   の手があがる。
   発砲酒と塩をふった鰺をまな板にのせて汽車さんがやってきた。

お、いいですね。発火する瞬間というのは,とにかくうれしい。煙がもくもくでてい
る状態というのは、まさに焚き火内の蓄熱がクライマックスに近づいているというこ
となのです。そのあと必ずボッと発火する。このとき人生の幸せを感じるといったら
大げさかな。焚き火がちょろちょろ燃えているのを見ているのは,人生の幸せのひと
つだ、幸せというものはその程度のものかもしれない。これは西丸さんという知り合
いのおじいさんが言っていた言葉なんですが、近頃そうかもしれないな、と思うよう
になりました。
ではその丸太に腰掛けて,ビールでも飲みながらお話しましょう。

_ではお聞きいたします。汽車さんのいちばん古い焚き火の思い出といったらなんで
しょうか。

うーん。ぼくは信州の田舎のうまれですから、こどもの頃からたんぼや畑で大人たち
が焚き火しているのを見ています。雑草を燃やしたり、わらを燃やしたりいつでも焚
き火がありました。印象的なのは秋の稲刈りのあとのたんぼでの焚き火、もみ殻の山
から静かにのぼる一筋の煙とか思い出します。
それから田舎の家には囲炉裏がありましたからぼくの4、5歳のころはそれを使って
いました。ナベをあれにぶらさげてそれで煮炊きするのです。あれってなんて言った
かな。いまでも居酒屋なんかで見ることありますが、

_自在ではないですか。

そうそう。自在。家の中で焚き火しているようなものですね。当時、結婚式や葬式は
みんな自宅でやりましたから、そういうイベントのときは移動用のかまどというのが
あって庭先で煮炊きもしました。モチをふかしたり天ぷらをあげたりしていました。
マツの小枝や板などで強い火力を得ていたのです。煙の匂いがなつかしいです。
それにしても,そんな景色はあっという間に消えてしまいました。昭和30年代とい
うのは,信州の田舎にとっては,江戸、明治から変わらず続いてきた生活習慣が音を
たてて崩れるときだったのです。結婚式場ができたり,葬式は火葬になって式場でお
こなわれるようになった。囲炉裏はあっというまに使われなくなって石油コンロから
プロパンガスにかわった。農耕用の牛や馬がきえてヤンマーの耕耘機になる。自家用
車が入ってきて,そのうち高速道路が村はずれを通るようになる。わずか10年くら
いのあいだにいきなり現代になってしまったのです。
焚き火の話でしたね。冬のどんど焼きをよく覚えています。小正月明けだとおもいま
すが、家の中に飾ってあったまゆだまという名のお団子、これは木の枝に花のように
くっつけてあるんですが,それを村の広場に持ち寄って大きな焚き火で焼いて食べ
る。いまでもあちこちで行われてはいるとおもいます。
冬はいまよりもって寒かったですから、暗い凍った道を子ども達が集まってきたもの
です。当時はまだちょうちんというのも実用に供されていたのを覚えています。夜、
おとなたちがよその家を訪ねるときちょうちんを使っていたのです。懐中電灯という
のもありましたが。そのちょうちんもあっという間に消えてしまいました。
いやいや古い思い出ばかりで恐縮です。
このモチ網をここにのせてアジを焼きましょうか。ビールも飲んでください。

_ありがとうございます。ではいただきます。なつかしいお話を聞かせていただいて
うれしいです。
汽車さんがご自分で作った最初の焚き火はどんなんでしょうか。

うーん。記憶はないのですが、多分、近所の悪ガキたちと火遊びでもしたのが最初だ
とおもいます。近所の仲間とどこかの草原で,マッチをすって枯れ草に火をつけたこ
とがあります。それが風に吹かれて広がって大慌てで消火作業した記憶があります。
山火事にでもなったらたいへんですから、必死だったとおもいます。でも、本当にそ
んなことがあったかどうか、実ははっきりしないのです。聞いた話なのか、映画で見
た風景なのか、あるいは夢だったのか,わからないのです。

_その感じわかります。あれはこわい夢でした。
私がなぜか殺人事件を起こしたことになっていて犯人として警察に追われる夢なんで
す。

ふむふむ。子どものころは恐い夢をみるものですね。
いきなり内面の秘密エリアがでてきましたね。それはけっこうこわいです
ね。ちょと、ミステリーの読みすぎではないですか。

-子供時代ですから、少女コミックの読みすぎかもしれません。


ところで僕が
焚き火を意識的にやるようになったのは,山登りやキャンプなどのときが最初だとおもい
ます。
高校時代に山岳部にいましたから山で焚き火することがありました。当時はスベアと
かオプチマスとかいう北欧製の携帯石油コンロが主流でしたから登山のときはもっぱ
らそれを使いました。焚き火をしたのはキャンプなどのときだったと思います。
焚き火が好きになったのは,東京での暮らしが始まってからです。近所の家が幸いな
ことに離れていたこともあって庭先でバーベキューのようなことをするときに,すみ
をおこすのに小さな焚き火をしたのです。肉や魚を焼いて子ども達に食べさせたりし
た。それから,残った炭に,必要もないのに,薪をくべて,ちょろちょろと燃やし
て,酒を飲みたばこを吸うというようなことを何度かやっているうちに,焚き火って
いいいな、としみじみと思うようになったのでした。それが焚き火好きになったきっ
かけと言えるとおもいます。
焚き火が好きな人はたくさんいますが、みなさんそのような小さな経験からのめりこ
むようになるんではないでしょうか。

ー焚き火家として自信をつけたのはどんなことからでしょうか。

僕がたき火の修練をしたのは、キャンプなどの娯楽的なたき火のときではなく、
もっと実際的なたき火での場面でした。
田舎に住んでいると、草刈りしたあとの草や畑の収穫あとの枝木などを燃やすこ
とが多いのです。剪定した木の枝や落ち葉なども。どこかにまとめて積んでおい
たひと山を、ある日燃やすわけですが、表面は乾燥しているようにみえても、中
は湿気がいっぱいです。土や泥が混ざっていることもあって、これをきれいに燃
やすのは技術がいります。
まずは、燃えやすい素材で盛大にたき火して中心部に高熱のマントル部分を作り
ます。そのあと徐々に湿った草などを覆いかぶせるようにそこに足していくので
す。灰の山の中に高熱の炉のような中核ができると、もうよほどのことがない限
り消えません。小火山のようになったたき火の山に日夜草や生木などを足してい
きます。いつも煙が立ち上っていますが、ときどき、ボーっと火の手があがりま
す。忘れた頃に行って見るとすべて灰になっています。
トラックひと山くらいの焚き木が2、3日で燃えてしまい、最後はバケツ一杯の
灰しか残りません。

-はあそうなんですか。見てみたいものです。

丸太をそのたき火の山の中に突き刺しておくと半日くらいで灰の中の部分が消え
てしまいます。
僕はそういう実際的なたき火の場面で「蓄熱と空調」の理論を学んだのでした。

-それで糸尾センセイはたき火家になったのですね。

ええまあ…。とはいえ、そんなことは田舎のおじさんおばさんなら誰でも知って
いることですから、自慢にはなりません。たき火の名人はたくさんいます。


アジが焼けてきました。どうぞ食べてみてください。塩をかけてありますが、
腹はそのままです。
このまま食べてもいいし、腹はハシで出してたき火に捨ててしまってもよいで
す。焼肉もそうですが、魚も、こうやって直火で焼くとおいしいですよ。赤
くなった炭をかきだして網をかけて焼くのが普通ですが、肉や魚は直火の近
火でも大丈夫。距離をコントロールすればよいのです。焦げているのも味の
うち。煙もモクモクでて燻製効果もあってますますおいしくなります。

-あれまあ、なんておいしいのでしょう…(あわせてビールも飲む)。それ
ではインタビューの続きを…。
世界のあちこちへ山登りやスキーに行かれてますが、たき火にまつわるお話は
ありますか。

アルプスやアメリカではたき火をした記憶は少ないです。ルールがあってや
たらに野外でたき火はできないようです。
カリフォルニアにあるヨセミテ国立公園では、珍しく直火のたき火ができま
す。とはいってもキャンプ4という名のクライミングするためのキャンプ
場、そこだけですが。許可をとってお金を払って自分のテントエリアを借り
るのですが、ここはエルキャピタンとかハーフドームとか呼ばれる巨大岩壁
があって、キャンプしているのはほとんどクライマーです。焚き木は買って
くるのですが、そのへんの落ち葉を拾って燃やしても大丈夫です。ここでは
クマや山猫が現れますから気を付けなければなりません。でも野性の彼らを
見るのは素晴らしい体験です。
なぜか、たき火を見ていると気が大きくなる友人がいまして、
「おれは世界一のクライマーだ」
などとなんの根拠もないのに言い出したのにはまいりました。思い起こすと
この人は日本にいるときも確かクライミングゲレンデのキャンプ場で同じよ
うなことを言っていたのに気がつきました。たき火はそんな効果もあるのか
もしれません。そのときはお酒も入っていたのでそのへんの相乗効果につい
ても考えてみなければなりませんが。
その人は僕のクラブの山仲間で世界中の山を登りまくっている人なんです。
僕も何度もいっしょにあちこち行きました。数えてみると4大陸の山へ何
度か行っています。
彼はテレマークスキーの名手でもあり、冬になると、焚き火とかストーブと
かの炎を見ると
「俺は世界一のスキーヤーだああ」
と言い出すのです。ふだんはとても謙虚な人で自慢するなんてことはまった
くないのにおかしいです。その人の名前はうちの犬と同じ名前なんです。
この焚き火による自己肥大現象については今後研究の余地があると思います。
しかし、ちょと考えると分かりますが、謙虚というのは自慢の裏返しのような
ものですから、焚き火は、ほんとうの自分を解放する効用があるのかもしれま
せん。

やはりカリフォルニアのジョシュアツリー国立公園のキャンプ場では、テン
トをはってよい場所はこまかく決められていますが、鉄でできた囲炉裏が置
いてあってそこでたき火するようになっていました。ステーキを焼けるよう
に大きな網もついています。ここは砂漠のキャンプ場なので水がなく、自分
で下の町で買ってくるようになっていました。薪もそうです。
ロサンジェルスに住んでいる山仲間がいましてヒコさんというんですが、日
本人です。ステーキの焼き方にうるさくて、メキシコ料理が得意です。鉄の
囲炉裏の上でいろんなアメリカやメキシコの料理を作ってくれました。ぼくは
インスタントラーメンが好きなのでネギやもやしを入れたラーメンスープをよく
作ります。メキシコ料理とも相性がよいです。焚き火を囲んでみんなであーだ
こーだ言って食べるのは楽しいに決まってますね。昼間のクライミングのあと
ですから話も盛り上がります。
ジョシュアツリーは気に入っていて何度もいきました、ロスアンジェルスの周
辺にはたくさん岩場がありますが、ここが面白い。
がらがらヘビもいるようなところで、さぼてんやジョシュアツリーというユーモ
ラスな形の木がたくさんあって雰囲気があります。夜空はとくにきれいです。

-砂漠のキャンプ場とはロマンチックですね。

夜空といえばヒマラヤですね。
たき火は先進国よりも発展途上の国でのものが印象深いです。
ヒマラヤ山脈を持つ国の代表はネパールでしょう。山国ですからここでキャン
プをすれば星空の美しさというか、宇宙のなかの地球というものを感じること
ができます。満天に何万という星がきらめいていてそれは素晴らしいです。銀河系
のはじっこにある惑星のひとつ、地球という惑星から宇宙を眺めているんだな、
という実感がわきます。
ネパールのひとはたいへんたき火が上手です。
彼らは畑や山に行く時に鍋を一つ持ってすべて煮炊きしてしまいます。
観察していると、まずそのへんから大きさのそろった石を三つほど拾ってきま
す。かぼちゃくらいの大きさです。それを並べて釜をのせます。3点支持がい
ちんばん安定するんですね。それでそのへんからたきつけと薪を拾ってきて、
釜の下で上手に組み立てます。マッチ一本で火をつけます。お茶とかごはんと
かカレーとかこれでなんでも作ってしまいます。見ていると一瞬にしてたき火
を起こす感じです。名人業ですね。送風のときは、素晴らしいふーふーをしま
すが、肺かつ量も大きそうです。

バラポカリというところにトレッキングに行った時です。まだ一般には知られ
ていないルートで、マナスルとアンナプルナという山の近くです。村の山の畑
を越えてどんどんヒマラヤの巨峰に近づいていきます。村から3日ほど登って
いたところで大きなたき火をしました。シェルパ、案内の人ですが、やはりたき
火好きで、というよりも夕方からはとても冷えるんです。暖も取りたいしもち
ろん食事も作らなければならないのでたき火を始めたわけです。そのうち興が
のってきてみんなで、あたりから枯れ木を拾ってきて大きな大きなたき火を作
りました。あたりには誰もいないのでやりたいことができたのですが、あまり
に大きなたき火だったので下の村から見えたらしく、あとで、おまえたちは山
の上で大きなたき火をしただろうと言われました。あの日のアンナプルナ山の
夕日と家一軒がもえるほどの大きなたき火は忘れられません。
そのときはナーサンという山の友達と行きました。ナーサンとはネパールの山
旅を何度もしています。毎晩焚き火をしていましたから、焚き火を囲んだ数か
らいえば、彼がいちばん多いかもしれません。焚き火の友、ということです。
ナーサンの本名は中村です。同じ中村でみつをちゃんという友達もいてこの3
人でアルプスやヒマラヤのハイキングをしたのはラクでいい仕事がらみの旅で
した。
二人の中村さんもそうですが、さきほどの「世界一のクライマー」やヒコさん
などとは山遊びをしていたんですが、うまく雑誌などの仕事にむすびつけて
写真やレポートを発表して仕込みの100倍くらいのギャラをいただきました。
おっと、これはオフレコにしておいてくださいね。
ところで、ネパールの話でした、、、
ネパールの人は町では石油コンロを使っていますが、田舎へいけばすべて薪で
煮炊きしています。家の中には素晴らしいカマドがあって、よい匂いの煙がた
ちこめています。何十年もそれを続けてきたので、村の近くの森はすべてなく
なってしまったところが多いようです。山がハダカになってしまっているので
す。これがネパールの大問題になっているのです。
焚き火は素材が樹木ですから、これから考えなければならないことかもしれま
せん。

-日本でもいろいろなたき火を経験されていますね。

これはもうキリがないですね。いちばんよくやるのはロッククライミング
に行った時です。小川山という信州の岩場が多いんですが、そこではいつも夜
にはたき火しています。沢登りに行く人はたき火好きですね。沢の中だから
ほかにだれもいないし、流木などの豊富、水もすぐわきにあって安全、イワ
ナをとって焼くこともできる、ということで、たき火は沢登りにつきもので
す。黒部川へいったときの楽しいたき火の写真は山の雑誌に掲載されました。
東北の八幡平や北アルプスの白馬へ知り合いの西丸さんなどと小さな探検にい
ったときのたき火も印象的です。
たき火についてのさきほど披露した西丸さんの感想はそのときのものです。
別の時ですがやはり八幡平で温泉探しをしたことがあります。村役場の人が
でてきてくれて、昼飯にイモ煮をやってくれました。おおきなたき火におお
きな鍋をかけて、そのわきにキリタンポと一升瓶をおきました。なべが仕上
がる頃にはキリタンポがうまく焼き上がり、お酒が熱燗になってよい具合で
した。さすがに地元のひとはたき火をうまく使っていますね。あのとき実費
はお支払いしたけどお礼をしたかどうかはっきりしないのが残念です。
八甲田山で4月に雪のうえでキャンプしましたが、数日滞在してたき火を毎
日続けているうちに2メートルも火床が下がってしまったのは面白かったで
す。そのときの焚き火奉行は小俣さんというおじさんで、いまも山やスキー
にいっしょに行っています。このおじさんも焚き火歴が長く、語らせたり、
燃やさせたりしたら朝までとまりませんです。はい。

-アメリカでたき火のコンペを行って、失礼ですが、若手に敗れたという話
をお聞きしましたが。

そんなことも知っているんですか。あれは不覚でした。わたしの長年にわたる
たき火方法論が危機に瀕したときでした。
そのとき以来、たき火について自慢するのをやめたほどの出来事でした。
ちょとお話いたしましょう。ヨセミテのキャンプ4というところでした。
山仲間の羽根田さんらとクライミングに行ったのですが、ある晩、夕食を
作りながらたき火でも始めようとしたときでした。
ちょうど夕立があって、そのあたりの落ち葉や枯れ木が濡れていたもので、
たき火を起こすのは困難なものがありました。
たき火の名人、師匠、ともいわれていました私は、このような状況でも
「ワシはカンタンに火を起こすことができるのだ」
と豪語して早速始めたのですが、意外と火付きがわるく難儀してしまいました。
羽根田さんが
「ぼく、やってみます」というので、二人でならんで二つのたき
火を作ることにしました。

初めからやりなおしで、薪を積むところから開始しました。
羽根田さんの積み方は、いわゆるボーイスカウト方式で、井桁のように組ん
でいくものでした。
それを見た私は、してやったりと、
「そんなもんじゃ、火はつくめえ」と言い放ったのでした。
さらに
「たき火というものは蓄熱が肝心、そのためにはパラレル方式というのがベ
スト」と持論を展開、薪をタテに並べまくる積み方を披露しました。
どちらもなかなか着火せず、あーでもないこーでもないと、二人とも同量の
雑誌や新聞紙に援護をたのみ悪戦苦闘。火元はガスライターひとつ、石油な
どの補助剤はつかいません。
一時間もたつころ、羽根田さんのたき火が元気になりました。わたしのたき
びは相変わらずけむいばかり。そのうちますます羽根田さんのたき火は元気に
育っていくのでした。暗闇の中、勝敗はあきらか。パラレル方式は井桁式に
完敗したのでした。わたしは無念でしたが、
「降参、降参。師匠の名を返上しよう」と言ったのでした。

-パラレル方式と井桁式とではそんなに違うものなのでしょうか。

たき火というのは素材が大切です。乾いた燃えやすい薪があればだれでもカ
ンタンに着火できます。もちろん素材を細かくしたものから始めなければな
りません。徐々に太い薪に燃え移していくのです。これが基本。初めからそ
のように燃え移るように薪を積み上げればマッチ一本で火がつきます。その
あとはなにもしないでもどんどん大きなたき火になるのです。
だから始めの積み方は重要です。
たき火の奥義は空調と蓄熱という相反する要素を微妙にコントロールすると
ころにあります。風を送る、つまり酸素を供給することは絶対に必要なこと
ですが、同時にたき火内温度をできるだけ高く保つということも重要です。
太い素材に燃え移らせるためには高温が必要なのです。ところが過剰な送風
はたき火内温度を下げることになります。
パラレル式はたきつけ用の小枝の上に風向きを考えて薪束をちょとほぐして
置くようなものです。並べるだけで組みません。井桁式は井の字に積んでい
くもの。スキ間が多くなります。蓄熱性能はパラレル方式が高いです。井桁
式は通気性が高い。この違いがヨセミテでの戦いで勝敗をわけたのです。
さきほど、ここにやってきたとき、このたき火はもうもうと煙を吐いていまし
たね。つぎの瞬間、ボッと火の手が上がりました。ぼくが好きな瞬間なので
すが、あのもうもうの状態のときにたき火内は蓄熱によって高温化している最
中なのです。そして、そこにわずかな酸素が供給されると、たちまち激し
い酸化が進行します。つまり大きな炎として花開くのです。

-ということは井桁式のほうがたき火のスタイルとしては勝っているという
ことでしょうか。

そう思うかもしれませんが、これこそ状況によるのです。ヨセミテのように
井桁がよい場合もあれば、別のときはパラレルのほうがふさわしい、という
こともあります。薪の木種、品質、大小、乾燥度、そして温度、湿度や風向
き、季節、標高や気圧など現場環境によってたき火の成否は複雑に影響をう
けるのです。


-はあ、そうなんですか。たき火というものは奥深いものなのですね。

たき火には科学があり、そして哲学もあるのです。人類の英知がたき火の中
に発見できると思っています。ところで、、、
ビールにもあきましたのでお酒でもいきますか。このやかんにお酒をどくどく
と注いで、このたき火の端っこにおいておけば、すぐに熱燗になるです。アジ
は胃の中に消えて残ったものはこの骨と頭だけ。これをくべれば灰となっ
てすべて無に帰るのです。
アジを焼いて食べるだけでも、たき火の前なら宗教的深淵を垣間みることがで
きそうですね。

-ふむふむ。そういうものでしょうか。(私はやかんからお酒を汽車さんの
コップに注ぐ。私もいただきます)

やたらめったらあちこちで、焚き火という、いわば放火行為をしているなどと
誤解されるといけませんのでお話しておきますが、焚き火家としては、焚き火の
マナーについても一言もっているのです。

あら、そうですの? ぜひお聞きしたいと思います。それにしてもこのお酒は
甘くておいしいです。

ふむふむ。わかりましたか。これは秋田のお酒ですね。ぼくは東北のお酒が好き
なんです。最近は銘酒ブームとかでいろんなお酒がでていますが、全体にクオリ
ティが高いですね。
東北のお酒は甘くておいしいです。飲むほどに体が温かくなってきて、まさに
強火の遠火のような効果がありますね。李白の詩だったとおもいますが、だんだ
ん体が温まってきて飲むほどに心が解きほぐされていく、というような漢詩があ
りました。お酒と焚き火は似ているところがあるかもしれません。今後の研究の対
象といたしましょう。

ーお酒の話なら私もけっこう得意なんです。お酒と焚き火についての深淵な関
係は一大テーマになりそうですね。こんどぜひ。でも、お話を戻しまして、先ほ
どの焚き火のマナーの続きをお聞きしたいわ。

おっと、そうでした。いやはや。
(アタマを掻く伊藤氏であった)
お酒で解きほぐされた酔っ払いのエピソードなどについては五万とあります。私
のエピソードではありませんが。

ーそえは次回ぜひお話くださるとうれしいです。

うんうん。こんどはお酒のお話をぜひ。
マナーでしたね。えー、
やたらめたらあちこちで焚き火してはいけませんね。しかるべき場所でやりまし
ょう。炎がでる。火の粉が飛ぶ。煙があたりに広がる。というふうによそへの影
響力が大きいのが焚き火ですから。
大地に痕跡を残さないことも大事です。焼け跡は醜いですから。燃え殻の中に
プラスティクや生ゴミ、空き缶などが混ざっているのは最低です。残るのは微かな
灰だけ、としたいものです。
だから、
大きな焚き火はいりません。
薪は大切につかいたい。素材となる樹木に感謝して惜しみながら燃やしたい。
小さなものほど美しい。小さくても強い炎をあげるきれいなたき火というものがあ
ります。それをいちばんとしたいものです。


-さすがにたき火家ですね。素晴らしい御言葉です。
しかしですね。糸尾センセイ。イヤな時代になったというか、最近は家庭
からでるゴミを庭先で焼却するのは止めようというような動きがありますね。
ダイオキシンの発生する可能性があるということらしいんですが。

うーん。もごもご、してしまいますな。プラスティックなどの石油をもとにした
ものは高温で焼却しないとダイオキシンがでると聞いたことがあるなああ。しか
し、アジの頭や骨くらい燃やしてもかまわんとちがうのやろか。落ち葉や枯れ枝
を燃やすのは問題無いとちゃうか。いきなりへんな言葉つかいになってしまいまし
たが。わしら、昔からこれやってたからね。農作業のあとの稲穂やワラ、土
手の草焼きなんかどうなんだろう。畑で使った黒ビニール、わしらマルチとい
っておりやすが、あれなんかは確かにイヤな煙がでますね。
近頃は北アルプスなどの山小屋でもゴミ焼却ができない、などと言うんで、ど
うやってこれを麓まで降ろしたらよいものか、などと問題になっているみたいだ。
しかし、石油を燃やしてもいけないんだろうか。うちは、思いっきり寒くなると、
薪ストーブでは足りなくて石油ストーブ使ってます。田舎では屋外に排気する石
油ストーブが一般ですよね。あれなんか、自分ちはいいけど、よそは大迷惑です
よね。エアコンとおなじことですわ。
薪ストーブにも、最近はこの手の問題がありまして、最近のストーブにはキャ
ブレターがついているんです。有害ガスを出さないための装置と聞いております。
燃焼効果はいくらか落ちますが、ガスを除去する仕掛けがついているのです。
そのために値段があがって、重くなって、大きくなり、さらに燃えにくくなって
いるとも聞いています。


-そうですね。でもちょっと、糸尾センセイ、なんだかレロレロになって、支離滅
になってません? 大丈夫ですか?

おしゃべりが止まらなくなってきました。焚き火は人を饒舌にしますね。
ちょとこのあたりの難しいことについてはよく調べましてこんどお答えできるよう
にしておきます。

-わたしもわからないことが多い昨今ですが。 
でも、たき火してはいけないなどという条例でもでたらやっておれまへんすね。
煙をたくさん出すたき火は取り締まりの対象になる、などということになったら、
センセイなどはホントウに困るでしょうね。煙を出さないでよく燃やす方法など
というものはあるのでしょうか。

よくぞ聞いていただけました。
私は最近、新しいシステムを開発したのです。
パラレル式、井桁方式を超える、専門的に言えば、既成の2方式を弁証法的に
止揚した、発展的に統合したものです。
その名を、八の字式といいます。
これは、
素材を八の字のように組んで積んでいくもので、ときには八の字の間、又の
間に適当な素材を組み込んだりしてバランスをとるという高度な技術と経験
が必要となるものです。八の字の角度や重なり具合など、風向きを考えながら
組み立てます。角度を狭まればパラレル式になり、横木をのせれば三角やぐら
のようになります。焚き口は八の字の広がったほうです。蓄熱と空調とを考え
た合理的なスタイルだと信じていますです。
もう一杯お酒を注いでいただきましょう。たしか、アイガモかなにかががどこ
かにありましたから、豆腐とネギとで小鍋でも作りましょうか。
(汽車さんは小屋に取ってかえし、しばらくするとにこにこ顔で鍋をさげて戻
ってくる。)
これ、これ。これをこのたき火にのっけておくだけでいい鍋ができますよ。味
付けは醤油だけです。ここにこのお酒を一杯いれて、と。ちょともったいな
いですけれど。

-あれまあ、おいしそうな鍋ですね。もういっぱいいただいてよろいしでしょ
うか。

どうぞどうぞ、がんがんやってください。
いやはや、今日は自慢話が多かったかな。焚き火による自己肥大現象ですね。
解放されたなあ。

-いえいえ、わたくしもいろいろ自慢話をしたくなってきました。

あ、そうですか。どうぞどうぞ。すすめてください。

-いえいえ。淑女のたしなみというものがありますから、またいずれ。
それにしても、たき火には人の心を和ませるものがありますね。

おっしゃるとおりです。だれでも見当がつくことですが、人間はたき火に原
始の思い出を感じるんですね。
山尾三省さんという沖縄のほうに住む詩人がいます。アミニズム礼賛の方で
す。たき火についてのとてもよい詩がありました。
たき火を見ていると心が落ち着く、神さまがいるような気がする。たき火を
たいていると元気になる。子供よ、若者よ、たき火を作る練習をしなさい。
たき火をやりなさい。そしてしっかり人生を生きなさい。
あまり覚えていませんが、主旨はそんなような詩だったとおもいます。なん
となく分かるような気がします。
ぼくの場合は、たき火をしながらビールを飲んでのんびりしようぜ、という
のが基本的な姿勢でありますが。とくにその火を利用して魚や肉を焼いてう
まいものを食おう。たき火の脇でその熱を感じてぐっすり寝ようではない
か。というような感じで、ひたすら和みのたき火を目指しているのです。
西丸さんのようにその和みに人生の幸せをを感じることができればそれは
もう言うことないとおもいます。
おお、なべがぐつぐついっていますよ。そ、それで、もう一杯やりましょう。
だんだん酔いがまわってきたようです。
しかし、なごむなあ。
今夜は星もたくさんでていますね。

-まあ、きれい。たき火を囲んで、夜空を仰ぎながら一杯いただくのはとて
も幸せな気分です。

2001年10月 5.13山荘にて

 

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