IN THE WOODS

充溢した頂上 山仲間のはなし

文=柏澄子

久しぶりに嬉しい頂上だった。最後のチムニー状のピッチを登り終え、いただきの祠をアンカーにビレイを

開始した。ユッコの顔が見えてきたとき、胸が躍った。

ユッコに初めて会ったのは、その年の6月だった。彼女は初対面の私にいきなり言った。「冬に北鎌に登りま

しょう」「えっ?」戸惑った。情けないけれど自信がない。「まずは一緒に無雪期に登ろうよ」と言ってその

日は別れた。それからユッコはデナリで、私はヨセミテで夏を過ごした。

帰国後、電話がかかってきた。「北鎌、いつ行きます?」。彼女は槍ケ岳が大好きで、北鎌に強い憧れを持っ

ているのだ。またもや私は戸惑いながらも言った。「水のことを考えると、9月アタマ、少し涼しくなってか

らはどう? 

その前に一緒に岩に登ろう。短くて簡単なルートでいいから」。私は初めて会ったときから、ユッコのこと

が大好きになったけれど、北鎌の前に、クラッグでいいから登っておきたかった。

8月末の小川山の約束に合わせて、私は滝谷から駆け下りてきて直行した。1週間近く小川山にこもっていた

ユッコは、前日に初のイレブンをレッドポイントしたばかりだ、と喜んでいた。トポを見ながら相談した結

果、セレクションという6Pの簡単なルートに行くことにした。初めて一緒に歩く、登る。

つるべで登り始める。4P目のクラックでユッコが行き詰まる。ナチュラルプロテクションのルートをリー

ドするのは初めてだという。私も経験は浅いが、ともかくフレンズをセットした。ユッコも登れなければ、

私も登れない。交互にトライした。それでも何度かのトライののち、ユッコが先に抜けた。短い体験だった

けれども、このクライミングで、私は、彼女がとても慎重で丁寧なクライミングをする人だということを知

ることができた。北鎌のコルにテントを張った夜、雷が鳴り響き、明日はどうなることだろうと少し心細く

なりながらも、ユッコの小さな一人用テントで、私たちは満ち足りたときを過ごせた。

翌日は、確実に登ろうと、自分たちのペースで慎重に歩いた。実力を考え、2ヶ所でロープを出した。

「女の人と登りたいんです」という10歳年下の彼女の勢いに押されて始まった計画だったけれど、私自身、

同性と登るのがこんなに楽しいって感じたことはなかった。10年以上前の正月に、大学山岳部の仲間3人で

北鎌から槍に立ったことを思い出しながら登った。アップアップの山行だった。充実していたけれど、先輩

に引っ張られて登れた山だった。季節は違えど、今回は、自分たちの力で登っているということが実感でき

たのだ。下山したら、誰よりも先に、部の先輩に報告しようって思った。

頂上で休んでいると、私たちの少しあとに、若い男性ペアが登ってきた。聞くと、ババ平からワンプッシュ

でやってきて、明日は屏風を登るという。俊足、タフネスだ。

彼らと話し終えたあと、ユッコがとっておきの笑顔で、手を差し伸べてきた。互いの手を握り合って、思いっ

きり固い握手をいつまでも繰り返した。男性ペアが羨まし気に笑っていたが、なんだか誇らしかった。時間の

長さではないと思った。短期間のうちでも、互いの山登りへの思いが伝わり、一緒に充溢した山登りをするこ

とができる、そういうパートナーができたことが、ものすごく嬉しい。



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