IN THE WOODS

山をよく見ると、山が面白くなる

takamiisi

岩崎元郎さんのある日の北八ツ彷徨

 冬の訪れまぢかな北八ガ岳。岩崎さんは落ち葉を拾い、コケモモの実をちょっ
と味わい、遠くの山を眺め、流れる雲をうかがった。
山は見れば見るほどに、たくさんのメッセージを伝えてくれるようだ。


 山に中高年の登山者が増えて久しい。それはそれなりの理由があるようだ。山
登りの魅力はさまざまだけれども、手前味噌をいえば、山登りにはほかの趣味よ
りもいくらか幅がひろく深いところがあるように思う。
 山頂でおいしい空気をすってうまいものを飲み食いするだけなら若者にも理解
できる分かりやすい遊びだ。
 だが、長い山道をあえぎ登って、道端の草花や樹木を観察し、頂きに立てば、
遠くや近くの山々を眺めて自然の造詣に驚く。さらについでに自分の来し方行く
末をも思う…。こうなると、やはりいくらか年の功というものが必要だろう。
 その魅力を知るまでに時間と経験がある程度必要なジャンルは多い。山登りは
、そんな大人の趣味の代表選手といえそうだ。

 北八ガ岳、高見石の展望台。大きな石の上で岩崎さんは言う。
「大きくてよい景色ですね。白駒池を渡る風が見えます。オオシラビソの森は海の
ようだね」
「先ほど見た森の中のコケは素晴らしかった。まるで緑の花が咲いているよう。あ
の微妙な陰影の中には神様がいるね」
 岩崎さんは、詩人と写真家の眼を持っているようだ。さらに
「ほら、あそこの小さなピーク。その向こうに稲子の岩壁があってロッククライ
ミングができる。なつかしいなあ」
 日本百名山の神様、岩崎さんだが、往年の名クライマーであったことを知って
いる人は少ないかもしれない。
 北八ガ岳には、ゆっくり時間をとって、年に一度は訪れるという岩崎さん。
「大人の山登り」とは何かを教えていただいたような気がした。

 小屋に戻り夕食。岩崎さんに山の道具について聞いてみた。
「長く山登りを続けていますが、道具はそんなに多くないです。流行は追いませ
ん。少しくらい高くても、良いものを買って長く使うようにしています」とのこ
と。
 いちばん大切な山道具は?
「…それは、このメガネかな」愛用の遠近両用のメガネを外して見せてくれる。
「メガネがないと五感がちゃんと機能しなくなるんです。本当に。メガネが壊れ
たりしたらタイヘン。昔、ヒマラヤで針金ひとつでバラバラになったのを直した
ことがあります。油性ペンでレンズに色をつけてサングラスを急造したことも…
」ベテランらしい山での応用技術のお話だ。
「山がよく見えると、ますます山登りが楽しくなります。だからいいメガネがほ
しい。このメガネで若いときと同じ視力が得られました」
 岩崎さんは、夕食のイワナの塩焼きをしばらく眺めていたが、やおら頭からほ
おばってしまった。
 「焼き加減がよく見えると魚もおいしくなりますね」

TEXT :  EDICO ITOO KISYA

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