CLIMBING FOR MYSELF

40歳からのクライミング
徳地保彦

illust.nishihara syouichi
 
 中年になって精神的にも肉体的にも人生に不安を覚えることを、アメリカ人は「ミッドラ
イフ クライシス」などとよくいいます。
毎日仕事に追われ、気が付いたら定年だったということの多い日本人ビジネスマンにはピンと
こないことばかも知れません。永遠に青春がつづくと錯覚している若者たちにもその深刻さは
理解できないでしょう。

 登山というスポーツがあまりアスレチックでなかった時代には、中年になっても脚光をあ
びる可能性が残されていれ「ミッドライフ クライシス」を感じることはなかったようです。

僕が山登りを始めた頃は中年クライマーがこのスポーツの主導権をにぎっていました。技術が
しっかり身についていて、体力もまずまず、なんといっても経験が豊富、現役中年クライマー
にかなう者はいませんでした。社会人山岳会はもちろん、大学山岳会でも必ず実力派中年OB
が現役部員を叱咤激励していたものです。

当時、中年クライマーは登山技術を習い始めた若者たちにとって羨望の的でした。山もバンバ
ン、仕事もバンバン、まさに中年が人生のピークという人が大半。まだピークにいたってない
人もその可能性を信じて頑張っていたに違いありません。

 最近、このスポーツは細分化や専門化が進み、特にロッククライミングや高所登山などの
尖鋭の分野では中年クライマーの出る幕はほとんどないようです。

穂高や谷川の人工ルートを攀っても、ヒマラヤのベースキャンプで登山隊の指揮をとってもあ
まり注目されません。けして、やさしくなって、無意味になった行動ではないのですが、価値
観が変わってしまったのです。

岩登りなら、5.11aぐらいは初見でリードできねば大きな顔はできないし、高所登山なら無酸
素アルパインが今や常識です。専門的なトレーニングに耐える体力と、経験をうわまわるセン
スや度胸が必要です。そして何といっても時間が十分になければかないません。
普通の中年クライマーが仕事や家庭サービスのついでにというのはとても無理なようです.

 人生も折り返し点を過ぎると先がはっきり見えてきて、選択の幅が急激にせばまってきま
す.
気持ちは若いつもりでも、寝起きに鏡でたるんだ顔や薄くなった頭を見ると、現実を痛感させ
られます。だらしのないTシャツやGパンの格好も若者には似合っても、中年には汚くてみす
ぼらしいだけです。
あきらめなければならないことが多くなり、いろんな事に自信や確信が持てなくなります。
それでも、岩や雪や氷にずっと情熱を持ち続けることができればいいのですが、時間がないと
か、面倒だとか、帰ってきて疲れるからなど言って山登りは益々スローダウンしていくのです
。
中年に近付いた若者クライマーのために、何歳からが中年なのかは秘密にしておくとしても、
せめて山ぐらいは「ミッドライフ クライシス」とは無縁でいたいものです。
  

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