ABOUT NON HARD- CLIMBER

いつになったら”中級者”?
 西原彰一 


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クライミングという遊びには不思議な魅力があります。はずかしながらワタクシ自身
もこの不思議な魅力のためにもう髄分と長い間クライミングしております。ところが
悲しいことに、本当に悲しいことですが、なかなか上達しません。月に一度か二度の
小川山通いでは上達など望むべくもない。それで上達しようなぞとは片腹痛いと言わ
れてしまえばそれまででありますが、ともかくもそうとうに厳しい世界なのであります。
なにしろ継続することがまず大切なのであります。最近ではインドアクライミングが
かなり普及してきたようで、仕事帰りにちょいとひと登りという「フィットネスジム
感覚」でのトレーニングが可能になってはきていますが、それでも週一くらいでは「
現状維持」程度のようです。

念のため書いておきますが、これは一般論だそうです。「あ~、なんで上手くなんね
えのかなぁ」と嘆いておりましたら、友人のMに「そりゃ練習してないからですよぉ
~(ここはオクターブ上がっている)、西原さん!」と、あっさり断じられてしまい
ました。正直いって、少しやる気が萎えました。

それでは、なんだか開き直りという感じもしないでもありませんが、みんなはどうし
てるんだという気がしてきました。現在の日本のクライミング界では中級者と呼ばれ
る為にはどの程度のレベルの人達をさすのでしょうか。答えは衝撃的なものでした。

「オンサイトで10ノーマル。レッドポイントで11a~b。」というところだそうです。

そこまでいってやっとこさ中級者なのです。

余人は知らず、小生少なからず動揺せり。

かなり動揺しましたので、取材範囲を少し広げましたが、結果は同じ。ああ、聞かな
きゃよかった。ちなみに「上級者の場合は、オンサイト11ノーマル、レッドポイント
で12a~b。その上の熟達者となると、13、14でレッドポイントとなり、日本では手の
指で数えられるくらいしかいない。」とのことです。

中級者というのは、スキーなどの場合は圧倒的に人口の多い層です。いわゆる「その
他大勢」という層ですね。
これがクライミングの世界にも当てはまるとしたら、この「その他大勢」の皆さん、
つまりは街のクライミングジムとか、ゲレンデに集うクライマーの皆さんの多くは「
オンサイトで10ノーマル。レッドポイントで11a~b。」で、クライミングを楽しんで
いるということのなってしまうのですが…。繰り返しますが、かなり動揺します。

あんまり動揺しましたので、知り合いのI氏(出版社勤務、クライミング歴:そうと
う長い)にご意見を求めました。氏は露骨に不快感をあらわしながら「ふざけんじゃ
ねっ!つんだよ!」と一言。それから、ヨセミテに来てみろとか、上級者ってのが一
体何人いるってんだとかいろいろと「有用」なご意見を賜わりました。

確かに、クライミングの世界を改めて考えてみると、人工壁から、フリークライミン
グ、アルパイン、高所登攀とそうとうに広い世界です。スキーの世界と同様に考える
のはちょっと無理があるようです。

この中級者、上級者というのは、「フリークライミング」というカテゴリーのなかで
の話なのです。ゲレンデ(という風にも最近はいわないかも知れませんが)とか、室
内の人工壁でのクライミングは10bだ10cだなんて、結構いけてるけれど、本チャン
の経験はおろか終了点の作り方がわからないなんて人だって最近は珍しくはないわけ
ですから。
それにもっというなら、10bだの11cだのというグレードも基本的には「ムーブグレ
ード」なわけなのですから、それでルートのすべてが測れるというわけではありませ
ん。I氏の「ヨセミテに来てみろ」という話にもありましたが、5ピッチも6ピッチも
ある「喉がからからになる」(M談)ようなクラックルートだって、ムーブグレード
からいうと5.9だったりするわけです。
余談になりますけれど、これにもいろいろな事情があるようで、
5.9が最高グレードだったときに開拓されたようなルートの場合は、それが、
もう最高なわけですから、実際には10bくらいあったにしても、5.9と
いうことになってしまっている可能性もなきにしもあらずなのだそうです。

まぁ、そんなこんなで、けっこう複雑な世界なんですね、この世界も。「そういう面
倒な話はきれぇだあ!勝手にやってろ!」なんて、物分かりの悪いオヤジみたいなこ
とはいいませんが、やっぱりそういうことにそんなに神経質になることはないでしょう。
なんていうかですね、その魅力にまず忠実になりたいっていうところですね。「人間
」ですから、やってるうちにはいろいろと邪念が首をもたげてきます。「あいつが登
れるのに、な~んで俺が登れねんだよ」なんて思って一人ですねちゃったりもするわ
けです。「よし!やるぞ!かんばるぞ!」なんて前向きになればいいんですけれど、
往々にして小人はそういうふうになりがちなわけです。(えっ、僕だけですか?)

クライミングの魅力というのは不思議だと書きましたが、僕個人としては「己に向き
合うことができる」、「雑念を払える」、「無条件に集中できる」っていうのもある
ように思います。そういう小学校の道徳の時間にでてくるようなことが結構「直」に
自分の中にはいってくる。そういう遊びって案外ないんじゃないでしょうか、他には
。他人の評価とか、ランク付けとかを完全に否定できるほど達観しているわけではも
ちろんありませんが、岩に取り付いているときはそういうものから解放されているん
ですね。目的が、とにかく落ちない、登りきるっていうことに収束されているわけで
す。なんだかものすごくすっきりしてるんですね。

はじめてリードに挑戦したときのことをふと思いだしたんですが、ほんとに「雑念を
払って」、「集中」してました。5.7だか、5.8だかでしたけれど、「『集中の国』か
ら『集中』を広めにやってきた」というくらいに集中してました。もう「健気」とい
ってもいいくらい。登り終わって「自分を誉めてやりたい」ってな感じでした。それ
に…。

止んなくなってきましたが、ともかく、そういうことって皆さんおありでしょ。それ
がですね、いつのまにか「自分は中級者なんだろうか」なんて考え込んだり、ショッ
クを受けたりするようになってしまうんですね。「己に向き合う」より先に周りの目
が気になってきちゃう。これも、まぁある程度登れるようになってきたからなのだと
もいえるわけで、成長なのかも知れませんが、やっぱり堕落なんじゃないでしょうかね。

このあいだ、ちょっと自分でも満足のゆく一本があったんです。あとから考えてみる
と久しぶりに集中してました、ほんとに。これもあとから気がついたのですが、自分
のその登り以外のことは全く考えていなかったんです。それだけ集中できたから登れ
たっていう「逆もまた真なり」なのかも知れませんね。
でも、終了点でのあのなんともいえないよい気持、格別でした。クライミングって面
白いなぁと改めて思いました。


という訳で、まとめです。この世界もいろいろ騒がしいわけですが、原点に帰るとい
うか、その本質的な魅力とでもいいましょうか、そういうところを大事にしてやらな
いといけないですね。
という訳で、反省したわけです。ここのところ、なんとなく集中していなかった。取
り付いていても、なんかフット「まっ、いいか」なんて安易にやってたんじゃないか
と。死力を尽くして(というのもちょっとオーバーですが)だめだったっていうじゃ
なくてね、「まぁいいや」なんていうんで敗退したルートがけっこうあったんじゃな
いかと。

しかし、今更こんなこと書くと「なんだ、西原はそんなにふざけたクライミングをし
てたのか!」なんて怒られちゃうかも知れませんけれど。
でも、そううやって「集中」することでまた少しずつだけど、伸びるみたいですね。
いや、そういうふうに思いたいですね。
それでは、皆さん、ごきげんよう。



(1997-7-7記)

  

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