コロラドのテレマーカー

北田啓郎

PHOTO BY K-ITO
 
 
心地よい春風に、スプルースやパイン、ファーなどの針葉樹の木々の香りがまじっている。見
上げる空は、いつも変わらぬコバルトブルー。ここはコロラドロッキー。標高 四000メート
ル以上のピークがいくつも連なる巨大な山塊だ。

 春になると、この空気、この匂い、そしてこの空の色にさそわれて、アメリカの東や西から
ここにやってくるスキーヤーは多い。北米大陸を貫くロッキー山脈のなかでも緯度の低いこの
あたりは、比較的、気候温暖、地形もマイルドで、山のスキーを楽しむにはもってこい。

 いくつものトレイルがあって、基地となる山小屋も充実している。そして特筆すべきは、彼
らが使っているスキーがすべて、テレマークスキーだということ。伝統と環境がしからしむと
ころとはいえ、これほど、徹底しているのも面白い。

 テレマークが自分の足のようになっている地元っ子にまじって、長い休暇を楽しむ都会人も
目立つ。なかにはすっかりこの辺りに魅せられて住み着いてしまったテレマーカーも多いよう
だ。

 年に一度のコロラドへのスキーの旅を何度か続けているうちに友達になってしまったテレマ
ーカーも一人や二人ではないが、ここ数年、いつも僕らの旅につきあってくれる二人の移住組
のテレマーカーのことを話したい。
 ドンとローラがその二人だ。

 ドン・シュタフチェク、四十六歳。ミズーリ州生まれ。山に憧れスキーをやりたくてコロラ
ドへやってきた。八○年代の初め、テレマークスキーがアメリカで盛り上がったその時期に、
テレマークの洗礼をうけた。アルペンスキーが大好き立った彼だが、コロラドのバックカント
リーを自由自在に歩き滑りまくるには、テレマークこそ、自分にぴたったりのスキーだ、と思
ったのだ。テレマークは、軽い、速い、そして足になじんだ革靴の心地よさがとてもよい。

 ドンの滑りは凄い。軽登山靴ほどの浅いブーツをはいて、八十リットルの大型パックを背負
ったまま、深雪に細い美しいシュプールを返いてゆく。彼は現在、アスペンとベイルを結ぶテ
ンスマウンテン・ハット・トゥ・ハットツアーを中心に活動するパラゴンガイド社の一員であ
る。 
 ローラ・グリーンは、ドンについてアシスタントガイドをしているもの静かな女性だ。彼女
もまた、山とスキーが大好きで、コロラドに移り住んでしまったひとり。ふだんは、コロラド
でもっとも標高の高いラブランドパススキー場でパトロールの仕事をしている。このスキー場
では、彼女だけがテレマークでパトロールすることが許されているのだ。

 この二人と僕らを巡り会わせてくれたベン・バーディのことも話したい。ベンは以前日本で
仕事をしていた。奥さんは日本人だ。ニューヨーク生まれの彼は、学生時代、ユタのスキー場
で働き、そこでテレマークスキーをマスターした。彼の滑りには、腰掛けるような独特なユタ
スタイルが残っている。ベンもいつか、夏はカヤック、冬はテレマークのガイドを仕事とした
いと考えている。

 ドンもベンも陽気だ。行動中はいつもなにかしら喋りつづけ、ジョークを連発し合っている
。黙々と登る、ということは、コロラドスタイルにはないのである。四月だというのに、北面
にはパフパフのパウダー。何度もアスペンの林を登り、何度もパインの森をスラロームする。
夕暮れになるまでけして引き上げるると言わないのも、コロラドのパウダーフリークのルール
だということを知った。

 テレマークスキーはコロラドの大自然と、そのなかで遊ぶパウダーフリークたちが育てた、
もっとも痛快な雪山の遊び道具といえるだろう。近くて安くなったアメリカへの旅路、仲間と
春の山スキーを楽しみにコロラドへでかけるというプランも今や難しいことではない。

  

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